大判例

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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)402号 判決 1968年11月11日

控訴人(原告)

早野正

代理人

大塚正民

被控訴人(被告)

弘容信用組合

代理人

大沢憲之進

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いのない事実、本件約束手形振出の事情とその後の経過、別紙添付の本件保証書発行の経緯などについての事実認定は、原判決の八枚目裏六行目から一〇枚目表二行目までと同一であるから、ここに引用する(ただし、九枚目表五行目に、「および倉崎の各印影が」とあるのを、「の印影が」と訂正。)

二本件保証書による保証は、千代田信用組合が関西製鉄株式会社のため三立商事株式会社に対してした民事保証であることは、前記認定のとおりであるところ、被控訴組合は、千代田信用組合には保証能力がないと抗争するので判断する。

本件保証をするに至つて事情は、前記認定事実からすると、関西製鉄株式会社が、千代田信用組合に、金一、〇〇〇万円もの定期預金をしていたので、関西製鉄株式会社の利益のため同会社が三立商事株式会社から融資を受けることを容易にするため、本件連帯保証をしたものである。

ところで、関西製鉄株式会社と三立商事株式会社が千代田信用組合の組合員でなかつたことは、控訴人が明らかに争わないから、自白したものとみなす。

そうすると、千代田信用組合は、非組合員の預金を受け入れ、非組合員のため非組合員に対し民事保証をしたことになる。

さて、中小企業等協同組合法による信用組合の権利能力は、同法九条の八の制限の範囲内で、信用組合の定款によつて定まる(同法三三条一項一号)。したがつて、信用組合は、定款所定の事業遂行のため必要な範囲内においてのみ、権利能力を有すると解するのが相当である。

本件において、千代田信用組合の定款掲記の事業が、同法九条の八列記の事業と同一であることは、〈証拠〉によつて認められるから、問題は、非組合員のためにした本件民事保証が、九条の八列記の事業の遂行のため必要な範囲内であるといえるかどうかである。

同法によつて設立された信用組合はその行う事業によつて組合員の経済的活動の助成に直接奉仕し、そのことを通して組合員の相互扶助をはかることを目的としている(同法五条二項)。同法が、組合員の資格について同法八条四項に、事業の内容について同法九条の八に、それぞれ制限規定をおいているのも、この目的を達成するためである。したがつて、信用組合の行う事業は組合のため商行為となるわけではなく(ただし、商法五〇一条四号の絶対的商行為をのぞく)、行政庁の厳格な監督のもとにある(協同組合による金融事業に関する法律参照)。

このことから、営利を目的とする会社の権利能力よりも、より狭く、厳格に解することが是認される。

本件で問題になる信用組合が、非組合員のため非組合員に対し民事保証をすることは、特段の事情――保証にみあう多額の保証料を受領するとか、求償債権について担保を確保しておくなど――のないかぎり、信用組合や組合員に、なんらの利益をもたらさないばかりか、かえつて、保証債務を履行することによつて組合員が不利益を受けるばかりか組合自体の経済的基礎を危くするもので、このことは、前述した信用組合の目的に全く反するといわなければならない。

本件において、前記特段の事情について控訴人は主張、立証しない。すなわち、関西製鉄株式会社が千代田信用組合に金一、〇〇〇万円もの定期預金をしていたこと自体は、同会社が非組合員であつたからといつて、直ちに無効であるとはいえない。後にも述べるように、組合員以外の者からの預金の受入れは、それが適当かどうかは別として、一金融機関として利益になつても不測の損害を被る虞れはないから、強いてこれを目的達成のため不適当な行為とする必要はない。しかし、非組合員がこのように多額の定期預金をしていたからといつて、非組合員が他の金融機関などから融資を受けるに際し、信用組合が、その保証をするのは別論である。みぎ定期預金の上に質権を設定するなどして、求償権を確保し、定期預金の元利金の範囲内の保証をするならば、必ずしも目的達成のため不適当であるとはいえないかも知れないが、本件ではこのような履行の確保の方策が講じられたとの主張がないわけである。千代田信用組合としては、このような方策を講じなくても、求償債権と定期預金と相殺することによつて、求償権の履行が確保できると考えられないことはない。しかし、この定期預金は、いつ他の債権者から、差押転付などを受けるか判らないし、相殺の担保的機能自体も、自働債権(本件では保証債務履行による求償債権)と受働債権(本件では定期預金債権)の弁済期の前後によつて必ずしも万全のものとはいえない(最判昭和三九年一二月二三日民集一八巻一〇号二二一七頁参照)から、結局本件では、非組合員のため非組合員に対し保証することが是認できる特段の事情は認められないことに帰着する。

そのうえ、本件の民事保証が、千代田信用組合の経済的基礎を確立するためになされたことの主張、立証もない(最判昭和三三年九月一八日民集一二巻一三号二〇二七頁は、農業協同組合が、組合の経済的基礎を確立するために非組合員に資金の貸付けをしたのを、組合の事業に附帯する事業の範囲内に属するとしたもので、本件と事案を異にするといえる。)ばかりか、本件保証は、信用組合の「事業遂行のため不適当でない」場合にも当らないというより、むしろ、前述したとおり信用組合や組合員の利益に反し不適当であると考える(最判昭和三五年七月二七日民集一四巻一〇号一九一三頁は、信用組合が非組合から預金を受け入れた事案について、「本件預金の受入契約自体が、組合本来の事業遂行に不適当なものであるとはいえず、公序良俗に反するものと認められない」と判示した。預金の受入れによつて、直接組合や、組合員は不利益を被るわけでないから、このことと、本件のような保証とを同一に論ずるべきではない。)。

そして、本件民事保証について、それをした役員に対し中小企業等協同組合法一一五条一号による罰則があることを理由に、行政監督の措置上、これを処罰することにしたにとどまり、保証自体は適法であるとの解釈も採らない。そのわけは、本件のような民事保証自体を、信用組合の事業の範囲外で無効であるとしてこそ、前記信用組合の目的が達せられるのであつて、役員に対する処罰だけでこの目的は達せられないからである。

以上の理由で、本件民事保証は、千代田信用組合の事業遂行のため必要な範囲外の行為として無効であるとするほかはない(最判昭和四一年四月二六日民集二〇巻四号八四九頁参照)。

そうすると、本件民事保証が有効であることを前提にした控訴人の主張は、その余の判断をするまでもなく失当である。

三控訴人主張の予備的請求について

本件保証書(甲第二号証)による保証は、千代田信用組合が、関西製鉄株式会社が振り出した約束手形(甲第一号証の一、二)の支払いのため、三立商事株式会社に対して連帯保証することを約束したもので、この保証の無効であることは前述したとおりであり、そのため三立商事株式会社が損害を被ることはありえても、本件保証書の名宛人でもない控訴人が、本件手形とともに、この保証書を入手したことにより損害を被つたとしても、その損害と、千代田信用組合が本件保証をしたこととには、相当因果関係がないと解するのが相当である。そのわけは次のとおりである。すなわち、

本件保証が、仮に千代田信用組合の目的の範囲内であつて有効であるとしても、この保証は単に三立商事株式会社に対してのみ有効であつて、これが控訴人に対してまで保証したことにはならない(何故ならば、当裁判所は、三立商事株式会社の取得した本件保証債権を、他の第三者に譲渡するには、指名債権譲渡の方法によつてすることが必要であつて、本件手形と物理的に一体となつていない本件保証書が、本件手形と、たまたま一緒に転転し、控訴人の入手するところとなつたからといつて、控訴人は、本件手形上の債権を取得することは格別、それだけで、本件保証債権まで取得したことにはならないと解するもので、控訴人は、この点について、甲第二号証の保証書の記載形式と本件手形の支払担当者の保証であることを理由に、千代田信用組合の意思または慣習を根拠にして、指名債権譲渡の方法が不要であると、るる主張しているが、この見解には賛成できない。たとえば、保証書に名宛人の記載のない場合は、不特定の手形取得者に対する保証債務負担の申込を担つて保証書が手形と共に転転し、最後に権利の実行をしようとする者がその承諾をするという方法でこの権利を取得する結果、保証人が保証債務を負担することになる(控訴人が引用する大判大正三年七月三日はこの場合に関する)が、本件保証書のように名宛人が三立商事株式会社と特定されている場合には、到底みぎのように考えることはできないし、控訴人が主張するような慣習もたやすく肯認することはできない。)から、控訴人は、千代田信用組合に対し本件保証債務の履行が求められないのに、たまたま本件保証が、千代田信用組合の目的の範囲外の行為として無効になると、これが不法行為となつて、控訴人に対し本件保証債務と同額の損害賠償義務があるというのは、理屈に合わないことは明白である(保証が無効である方が得をする。)。したがつて、このような不合理な結論をさけるためには、本件保証が無効なことによつて損害を被るべき地位にある保証書の取得者は、指名債権譲渡の方法によつて譲り受けた第三者その他千代田信用組合に保証債権の取得を適法に主張できる者に限るべきであつて、控訴人のように、本件手形と共に本件保証書をただ取得したにすぎず、千代田信用組合に保証債権の取得を適法に主張できない者は、たとえ保証書を有効と信じた者であつても、除外するのが至当であり、このことは換言すると、控訴人が本件保証書が有効であると信じて取得したことにより被つた損害と、千代田信用組合の無効な本件保証行為との間には相当因果関係がないということに尽きる。

なお、控訴人は、本件保証が有効であることを前提に、るる千代田信用組合の白記清太郎又は倉崎正の注意義務を主張しているが、その前提においてすでに失当であるから採用に由ない。

したがつて、控訴人のこの主張は採用しない。

四以上の次第で、控訴人の被控訴組合に対する本件請求は理由がないから、控訴人の請求を棄却した原判決は結論として相当であつて、本件控訴は棄却を免れない。

そこで民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)

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